全員修造
松岡修造が「みんなのテニス」のCMに登場。メイキング(注:修造の大声が出ます)をみたが、禁断の映像をみてしまった気分である。
いくら「みんなのテニス」だとはいっても、全員修造になってしまっては、小松左京先生ではないが日本沈没、いや世界滅亡である。だいたい、松岡修造は、全宇宙で1人いれば十分であろう(いなくなっても寂しいし困るのだが)。間近に迫ったバンクーバー冬季五輪で、長嶋一茂と組んだ熱血解説が修造軍団の解説になっても困る。
このほか、全員集合もどきのダジャレで、高木ブーにブーたれられないかも心配である。
こちらでは、お菓子メーカーのCM、応援団長・松岡修造編のメイキングもみられる。「オレの恋人は1人だけ。応援だけだ」という言語明瞭意味不明な修造団長のお言葉も聴けるが、なんといっても、上村愛子についての発言、「彼女の場合は、あんまりガンバレ、ガンバレと言わずに、信じてあげることが大事なんじゃないですか」は必聴であろう。
そういえば、今年のスーバーボウルの日テレのゲストが誰かも気になる。大橋巨泉やウォーレン・クロマティでないことは確かであろうが…。
いくら「みんなのテニス」だとはいっても、全員修造になってしまっては、小松左京先生ではないが日本沈没、いや世界滅亡である。だいたい、松岡修造は、全宇宙で1人いれば十分であろう(いなくなっても寂しいし困るのだが)。間近に迫ったバンクーバー冬季五輪で、長嶋一茂と組んだ熱血解説が修造軍団の解説になっても困る。
このほか、全員集合もどきのダジャレで、高木ブーにブーたれられないかも心配である。
こちらでは、お菓子メーカーのCM、応援団長・松岡修造編のメイキングもみられる。「オレの恋人は1人だけ。応援だけだ」という言語明瞭意味不明な修造団長のお言葉も聴けるが、なんといっても、上村愛子についての発言、「彼女の場合は、あんまりガンバレ、ガンバレと言わずに、信じてあげることが大事なんじゃないですか」は必聴であろう。
そういえば、今年のスーバーボウルの日テレのゲストが誰かも気になる。大橋巨泉やウォーレン・クロマティでないことは確かであろうが…。
テーマ : ゲームプレイ日記・雑記
ジャンル : ゲーム
勝手に読書強化月間
というわけで、最近読んだ本。
安藤優一郎『大江戸お寺繁盛記』(平凡社新書)
芝・増上寺と上野・寛永寺のライバル関係や、成田山新勝寺をはじめとする売り込み活動が興味深い。江戸時代のお寺の権勢の強さには驚かされる。

佐藤健太郎『医薬品クライシス―78兆円市場の激震』 (新潮新書)
薬とは何か。人体を機械に見立てた説明はわかりやすいし、新薬が現われず既存の薬の特許切れを迎えるという、2010年問題がよくわかる。

佐藤多佳子『しゃべれどもしゃべれども』 (新潮文庫)
映画も面白かったが、原作も楽しい。この作家は、設定や序盤がうますぎるあまり、相対的にラストが難しくなることがあるが、本作ではそれさえも見事に解決されている。つまり、欠点がないということである。
あがり症のテニススクールのコーチ、口下手な美女、いじめにあっている小学生、赤面症の野球解説者、そして主人公の若手落語家・今昔亭三つ葉とくれば、話が面白くならないわけがない。

もう1冊。佐藤多佳子の『神様がくれた指』 (新潮文庫)
こちらは、ピカレスク(悪漢)小説。ラストは弱いが、描写が素晴らしい。

池澤夏樹『ハワイイ紀行 完全版』(新潮文庫)
綿密な描写が楽しい。著者が楽しんで執筆する姿が浮かんでくる。ハワイイの様々な魅力に触れることができる骨太な一冊。実は、この本は読み終えていないので、まだまだ楽しめそうである。

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)
直木賞受賞作。雰囲気で読ませる作品である。主要人物が男性というのは、この作家ならではの特徴であろう。
安藤優一郎『大江戸お寺繁盛記』(平凡社新書)
芝・増上寺と上野・寛永寺のライバル関係や、成田山新勝寺をはじめとする売り込み活動が興味深い。江戸時代のお寺の権勢の強さには驚かされる。

佐藤健太郎『医薬品クライシス―78兆円市場の激震』 (新潮新書)
薬とは何か。人体を機械に見立てた説明はわかりやすいし、新薬が現われず既存の薬の特許切れを迎えるという、2010年問題がよくわかる。

佐藤多佳子『しゃべれどもしゃべれども』 (新潮文庫)
映画も面白かったが、原作も楽しい。この作家は、設定や序盤がうますぎるあまり、相対的にラストが難しくなることがあるが、本作ではそれさえも見事に解決されている。つまり、欠点がないということである。
あがり症のテニススクールのコーチ、口下手な美女、いじめにあっている小学生、赤面症の野球解説者、そして主人公の若手落語家・今昔亭三つ葉とくれば、話が面白くならないわけがない。

もう1冊。佐藤多佳子の『神様がくれた指』 (新潮文庫)
こちらは、ピカレスク(悪漢)小説。ラストは弱いが、描写が素晴らしい。

池澤夏樹『ハワイイ紀行 完全版』(新潮文庫)
綿密な描写が楽しい。著者が楽しんで執筆する姿が浮かんでくる。ハワイイの様々な魅力に触れることができる骨太な一冊。実は、この本は読み終えていないので、まだまだ楽しめそうである。

三浦しをん『まほろ駅前多田便利軒』(文春文庫)
直木賞受賞作。雰囲気で読ませる作品である。主要人物が男性というのは、この作家ならではの特徴であろう。
小さな一歩
これは一人の人間としてはほんの小さな一歩だが、人類にとっては大きな飛躍である(ニール・アームストロング談)。
これは一つの紙としてはほんの軽い一枚だが、人生にとっては大きな飛躍である(ブログ筆者)。
これは一つの紙としてはほんの軽い一枚だが、人生にとっては大きな飛躍である(ブログ筆者)。
最高の旅本『行かずに死ねるか!』、『エジプトがすきだから』

石田ゆうすけ著『行かずに死ねるか!世界9万5000km自転車ひとり旅』(幻冬舎文庫)。
これは面白かった。7年半に及ぶ自転車での世界旅行記だが、とにかく、旅の魅力を読みながらにして感じることができる。
なんでこんなに面白いのか考えてみたのだが、
1、まず、なんといっても、旅行中に出会う人々が生き生きと書かれていること、
2、次に、道中の興奮や著者の思いが映像を見ているかのように描写されていること、
3、そして、文章が読みやすく心地よいこと、
がその理由であろう。
つまりは、実に人間臭い1冊なのである。
読んでいるうちに旅に出たくなってしまうこと必定。エジプトから帰ってまだ2か月も経っていないというのに、なんとも困ったものである。
この世界旅行記、続きもあるので、さっそく注文したところである。

もう1冊、エジプトから帰ってきたところということもあり、『エジプトがすきだから。』(角川文庫)も読んでみた。
観光客相手のエジプト人の手口やら諸々が描かれており、一筋縄ではいかないがそれでも楽しいエジプトが描かれている。
唯一の難点は、文庫版だと、ただでさえ小さい文字とイラストが米粒のようになってしまうことである。老眼のせいかなと思ったのだが、 さすがにそれだけではなさそうである。
さらばエジプト〜エジプトの唄その23(完)
カイロ空港はお世辞にもきれいとは言いがたい。ラウンジのサービスもいま一つである。係員の態度は悪く、文句を言っても、返ってくるのは例の「インシャラー」。おまけに、「米ドル限定、エジプト・ポンドお断り」という免税店まであった。日本ではちょっと考えがたい。
余ったエジプト・ポンドは空港で使いきろうと思っていたのだが、結局、100エジプト・ポンド(約1,600円)ほどのお金を残してしまった。多くのエジプト人との、5〜10エジプト・ポンドの小銭を巡る小競り合いの果てに死守したといえば聞こえはいいが、エジプト・ポンドは残念ながら弱い通貨であり、エジプト外ではただでさえ低い価値がさらに日々失われていく。生来の計画性のなさは仕方ないので、記念品と割り切って家に貯め込むことにしよう。
いやはや、てんやわんやだったエジプト行きもこれでおしまい。
乗り込んだ飛行機がカイロ空港を飛び立つと、まずはほっとした。なぜか、得もいえない寂寥感も覚えた。エジプトでは大変な思いもしたが、充実した時間を過ごしていたわけである。
しかし、次の瞬間、ギザのピラミッドの砂を口で感じてしまい、そして、日本の自宅にたどり着くまで風呂に入れないことに気付いて、愕然とした。機内食は、美味のはずなのに、なんともいえない味がする。
中学校の世界史の授業で、古代エジプトに思いを馳せて「エジプトの唄」を熱唱する先生をみてから、はや25年。ピラミッドの歴史に比べれば微々たる歳月であるが、本当にエジプトに行って、タクシーの釣りをちょろまかされたり、国立博物館の前で自動車に追い立てられたり、ローラン・ボックと戦うとは思わなかった。
人生とは、そのようなものなのだろう(こんなこと書いていますが、これでブログが終わるわけではありません)。
余ったエジプト・ポンドは空港で使いきろうと思っていたのだが、結局、100エジプト・ポンド(約1,600円)ほどのお金を残してしまった。多くのエジプト人との、5〜10エジプト・ポンドの小銭を巡る小競り合いの果てに死守したといえば聞こえはいいが、エジプト・ポンドは残念ながら弱い通貨であり、エジプト外ではただでさえ低い価値がさらに日々失われていく。生来の計画性のなさは仕方ないので、記念品と割り切って家に貯め込むことにしよう。
いやはや、てんやわんやだったエジプト行きもこれでおしまい。
乗り込んだ飛行機がカイロ空港を飛び立つと、まずはほっとした。なぜか、得もいえない寂寥感も覚えた。エジプトでは大変な思いもしたが、充実した時間を過ごしていたわけである。
しかし、次の瞬間、ギザのピラミッドの砂を口で感じてしまい、そして、日本の自宅にたどり着くまで風呂に入れないことに気付いて、愕然とした。機内食は、美味のはずなのに、なんともいえない味がする。
中学校の世界史の授業で、古代エジプトに思いを馳せて「エジプトの唄」を熱唱する先生をみてから、はや25年。ピラミッドの歴史に比べれば微々たる歳月であるが、本当にエジプトに行って、タクシーの釣りをちょろまかされたり、国立博物館の前で自動車に追い立てられたり、ローラン・ボックと戦うとは思わなかった。
人生とは、そのようなものなのだろう(こんなこと書いていますが、これでブログが終わるわけではありません)。
大要塞シタデル(下)〜エジプトの唄その22
ガーマ・ムハンマド・アリ。オスマン朝のムハンマド・アリという人が建てたのだが、ガイド氏の発音がどうしても「モハメド・アリ」に聞こえてしまう。ホラ吹きクレイと言われたヘビー級の伝説のボクサーを連想してしまうが、モハメド・アリ氏とは関係ないはずである。

庭には塔がある。これも、トルコ風なんだそうだ。素人には全く分からないが…。

内部は土足禁止。何も自分の足を撮影して喜んでいるわけではない。
冬場ゆえそういう人はいなかったが、半そで半ズボンの場合、青ビニールを着せられる。小学校に必ずいた1年中タンクトップ・半ズボン少年は注意が必要である。
シャンデリアがなかなか豪華である。


最後に、もう一度ガーマ全体を撮影。名残惜しいものである。

シタデルからみた周囲の山。シタデルがいかに大きな要塞であるか、ご理解いただけると思う。

これにて、駆け足の名所巡りは終了した。いよいよもって、カイロ空港から帰国である。

庭には塔がある。これも、トルコ風なんだそうだ。素人には全く分からないが…。

内部は土足禁止。何も自分の足を撮影して喜んでいるわけではない。
冬場ゆえそういう人はいなかったが、半そで半ズボンの場合、青ビニールを着せられる。小学校に必ずいた1年中タンクトップ・半ズボン少年は注意が必要である。
シャンデリアがなかなか豪華である。


最後に、もう一度ガーマ全体を撮影。名残惜しいものである。

シタデルからみた周囲の山。シタデルがいかに大きな要塞であるか、ご理解いただけると思う。

これにて、駆け足の名所巡りは終了した。いよいよもって、カイロ空港から帰国である。
大要塞シタデル(中)〜エジプトの唄その21
シタデルからみた、ガーマ・スルタン・ハサン(左)とガーマ・リファーイー(右)。隣同士に並ぶが、ドームとミナレットを有する点でも共通する。今回は、直接訪問することはかなわなかったが、せめて写真だけでも撮っておこう。

似通った両者だが、違いもある。
ガーマ・スルタン・ハサンは、マムルーク朝時代の建築物だが…、

一方のガーマ・リファーイーは、20世紀の建築物である。

全景も撮っておくこととしよう。あいにくの曇り空は残念だが、こういう風景はカイロならであろう。なお、ガーマ・アフマド・イブン・トゥールンもこのどこかにあるはずだが、確認はできなかった。

そして、シタデルの城壁。以下のような城壁が延々と続く。城内からの射手に有利、そして城外からの攻め手に不利なように、窓は城内に狭く、城外に広くつくられている。この辺りは、古今東西で共通である。


似通った両者だが、違いもある。
ガーマ・スルタン・ハサンは、マムルーク朝時代の建築物だが…、

一方のガーマ・リファーイーは、20世紀の建築物である。

全景も撮っておくこととしよう。あいにくの曇り空は残念だが、こういう風景はカイロならであろう。なお、ガーマ・アフマド・イブン・トゥールンもこのどこかにあるはずだが、確認はできなかった。

そして、シタデルの城壁。以下のような城壁が延々と続く。城内からの射手に有利、そして城外からの攻め手に不利なように、窓は城内に狭く、城外に広くつくられている。この辺りは、古今東西で共通である。

大要塞シタデル(上)〜エジプトの唄20
大渋滞の中、再びカイロへ。いったい一番前の車は何をしているのだろうと思うぐらいのひどい渋滞のせいで、もう時間がなくなってきた。
ガーマ・リファーイー、ガーマ・スルタン・ハサン、ガーマ・アフマド・イブン・トゥールンといったイスラム建築も観たかったが、もはや物理的に不可能となった。仕方なく、ここだけは行きたいと思っていたシタデルのみ死守することにする。
シタデルは、アラブの英雄サラディンが対十字軍防衛のために建て始めた大要塞。「建て始めた」というのは、サラディン一代では完成できなかったからで、創始者サラディンを創始者とするアイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン朝を通じて、カイロの中枢をなしていた。
入口。
そして、案内板。

さらに、城壁が延々と続く。

なぜか軍事博物館もある。
ガイド氏が、「警官が多いので…」とモジモジしはじめたので、「なら大丈夫じゃないか」と聞くと、「日本とは違うんだよ」とだけ言って口ごもってしまった。
いろいろな可能性が考えられるが、それ以上の詮索はしない方がよさそうである。

そして、シタデルのメッカともいうべきガーマ・ムハンマド・アリがみえてきた。ガイド氏によると、オスマン朝時代につくられたため、トルコ風らしい。

ガーマ・リファーイー、ガーマ・スルタン・ハサン、ガーマ・アフマド・イブン・トゥールンといったイスラム建築も観たかったが、もはや物理的に不可能となった。仕方なく、ここだけは行きたいと思っていたシタデルのみ死守することにする。
シタデルは、アラブの英雄サラディンが対十字軍防衛のために建て始めた大要塞。「建て始めた」というのは、サラディン一代では完成できなかったからで、創始者サラディンを創始者とするアイユーブ朝、マムルーク朝、オスマン朝を通じて、カイロの中枢をなしていた。
入口。
そして、案内板。

さらに、城壁が延々と続く。

なぜか軍事博物館もある。
ガイド氏が、「警官が多いので…」とモジモジしはじめたので、「なら大丈夫じゃないか」と聞くと、「日本とは違うんだよ」とだけ言って口ごもってしまった。
いろいろな可能性が考えられるが、それ以上の詮索はしない方がよさそうである。

そして、シタデルのメッカともいうべきガーマ・ムハンマド・アリがみえてきた。ガイド氏によると、オスマン朝時代につくられたため、トルコ風らしい。

商売繁盛〜エジプトの唄その19
すっかり仲良くなったガイド氏だが、それでもエジプトでは、日本のように他人に気を許すのは禁物である。
ガイドとしては優秀だし、まだ良心的な奴だとは思うが、やはり商売っ気はあるようで、ギザのパピルスセンターと香水売り場に(頼んでもいないのに)連れて行かれた。
とはいえ、守銭奴の筆者でも、いざパピルスの作り方を実演されると欲しくなってくるから不思議である。気を良くしたガイド氏は、
「オレの顔で、なんと5枚で900エジプト・ポンドの大安売りだ」
などと言ってきた。それも、「こんな安売りはあり得ない。本当に驚いちゃったよ」と言わんばかりの大げさなジェスチャー付きである。
「お前の顔じゃなくても同じ額だろう。お前はそこからいくら紹介料をもらうんだ。だいたい演技がクサ過ぎる」
と思ったが、ここエジプトでは日本の尺度だけでは通らない。それに、すっかりパピルスが欲しくなってしまったし、「大根役者」は英語で「ハム」というはずだが、その確信もない。
かさにかかって、
「オレの顔で、ご主人様の名前と誕生日を金文字で入れて1000ポンドの大サービスだ。普通の観光客はこんなに安くは買えないよ」
と言ってくるガイド氏にだまされたフリをして、少し値切った上で買うことにした。
しかしながら、すべてのパピルスに、ご主人様ならぬ自分の名前と誕生日を入れてしまったため、お土産には使えなくなってしまった。価値が上がったようで、下がってしまったわけである。
なお、パピルスには偽物も多い。遠足のしおり、じゃなかった『地球の歩き方』にも、「ニセ物は折り曲げるとパリッと割れてしまう。ピラミッド周辺で「ゼンブデ、センエン」なあんて言って売ってるのはもちろんニセ物」との記述がある。また、ピラミッド周辺によくいるラクダにしても、一度乗ったら最後、自力では降りられないため、乗ってしまったら人質状態になり料金をふっかけられるそうだ。全くもって、ラクダに乗ってもラクナことはない。
もう一つの香水屋の方だが、こちらには全く興味がなく、作り方の実演もなかったので、試供品をありがたくもらってさっさと退散した。
ガイドとしては優秀だし、まだ良心的な奴だとは思うが、やはり商売っ気はあるようで、ギザのパピルスセンターと香水売り場に(頼んでもいないのに)連れて行かれた。
とはいえ、守銭奴の筆者でも、いざパピルスの作り方を実演されると欲しくなってくるから不思議である。気を良くしたガイド氏は、
「オレの顔で、なんと5枚で900エジプト・ポンドの大安売りだ」
などと言ってきた。それも、「こんな安売りはあり得ない。本当に驚いちゃったよ」と言わんばかりの大げさなジェスチャー付きである。
「お前の顔じゃなくても同じ額だろう。お前はそこからいくら紹介料をもらうんだ。だいたい演技がクサ過ぎる」
と思ったが、ここエジプトでは日本の尺度だけでは通らない。それに、すっかりパピルスが欲しくなってしまったし、「大根役者」は英語で「ハム」というはずだが、その確信もない。
かさにかかって、
「オレの顔で、ご主人様の名前と誕生日を金文字で入れて1000ポンドの大サービスだ。普通の観光客はこんなに安くは買えないよ」
と言ってくるガイド氏にだまされたフリをして、少し値切った上で買うことにした。
しかしながら、すべてのパピルスに、ご主人様ならぬ自分の名前と誕生日を入れてしまったため、お土産には使えなくなってしまった。価値が上がったようで、下がってしまったわけである。
なお、パピルスには偽物も多い。遠足のしおり、じゃなかった『地球の歩き方』にも、「ニセ物は折り曲げるとパリッと割れてしまう。ピラミッド周辺で「ゼンブデ、センエン」なあんて言って売ってるのはもちろんニセ物」との記述がある。また、ピラミッド周辺によくいるラクダにしても、一度乗ったら最後、自力では降りられないため、乗ってしまったら人質状態になり料金をふっかけられるそうだ。全くもって、ラクダに乗ってもラクナことはない。
もう一つの香水屋の方だが、こちらには全く興味がなく、作り方の実演もなかったので、試供品をありがたくもらってさっさと退散した。
サッカーラの階段ピラミッド〜エジプトの唄その18
最初は行くつもりがなかったサッカーラ。
しかしながら、ガイド氏から
「メンフィスまで行くんなら、サッカーラにも行くべきだ。メンフィスからの帰り道の途中なんだし」
と強く勧められ、立ち寄ることになった。
とにかく広いのがサッカーラのピラミッド群の特徴である。ここを徒歩で走破するのは無謀というほかはない。自動車を利用して、バラエティに富んだピラミッドの数々を鑑賞すべきであろう。
なんといっても面白いのが階段ピラミッド。ジォセル王のもので、付属の庭もみられる。
ガイド氏は、
「何段階かにわけて建てたんだ。すごいだろう」、
「最初はマスタバ(注:長方形の大墓のこと)だったのを、計画変更してこうなったんだ。ここから、ピラミッドの建築技術が飛躍的に発展したんだぜ」、
などと、水を得た魚のごとく力説していたが、「マスタバ」を「スタバ」と聞き間違え、スターバックスのバッタ物と勘違いするなど、この辺りから疲れが目立ってきた。生来のダジャレ好きとはいえ、あんまりである。
それでも、ガイド氏(背中を見せている人)と階段ピラミッドのツーショットを撮ったりしているので、この辺りではまだ元気だったのであろう(遠い目)。

そばにある庭。何気なく通り過ぎようとすると、すかさずガイド氏から「この彫像はすごいんだ」という説明が入る。

テティ王のピラミッド。内部には、ピラミッドテキストの文書が彫られている。

「中の通路はせまいから、1人で行って来た方がいい」とのガイド氏の言に従い、単身、入ってみた。なるほど多数のピラミッドテキストはなかなかみられるものではない。ただし、案の定、内部にうさんくさいエジプト人が1人いる。
素晴らしい遺跡とうさんくさいエジプト人がセットになっているのは、エジプトのお約束である。
「写真を撮ってやるよ」と言われるが、危なくてカメラを渡せるものではない。
「写真を撮ると魂を抜かれるからな」などと、200年前の日本人のような主張をして断ったところ、
エジプト人:「じゃあ、なんでカメラを持っているんだ」
筆者:「遺跡の写真をとるために決まっているじゃないか。人間は撮らない主義なんだ」
という、エジプトの砂漠以上に不毛なやりとりの末に、カメラ確保に成功した。
それでも、頼んでもいないのに意味不明な説明をしてきて、チップを要求される。
この辺りになると、エジプトでの残り時間からして、エジプトポンドを使い切れそうもないことが分かってきたので、10エジプト・ポンド(約160円)を渡すと、5エジプト・ポンド(約80円)紙幣の釣りを渡してきた。それも、「頼むから、お前のガイドには黙っておいてくれよな」と言いながら。
この際、弱みに付け込んでチップを全額取り返してやろうかとも思ったのだが、疲れもあってあきらめた。それでも、はなから釣りを渡そうともしないカイロのタクシー運転手に比べればまだ良心的な奴である。
続いて、メレルカのマスタバ。メレルカは宰相を務めた人物で、内部には多数の壁画が物語風に存在する。こちらは、内部に十分なスペースがあり、ガイド氏が丁寧に説明してくれた。

ここでも、彼の背中を撮影することにした。別に背中に関心があるわけではないが。

このほか、面白かったのがイムホテプ博物館。ガイド氏によると、イムホテプはジォセル王の宰相を務めた人物で、建築家としても高名らしい。博物館は狭いながらも、解説が充実しており、観客を飽きさせない工夫が楽しい。展示物もイムホテプ関係だけではなく、カイロの国立博物館とはまた違った魅力があった。観客は、筆者とガイド氏だけだった。
「博物館は穴場なんだけどなあ。だいたい、ギザばかりにみんな集まりすぎだよ。サッカーラの魅力もアピールしておいてくれ」とこれまたガイド氏が力説していたので、ブログに書いておく次第である。
しかしながら、ガイド氏から
「メンフィスまで行くんなら、サッカーラにも行くべきだ。メンフィスからの帰り道の途中なんだし」
と強く勧められ、立ち寄ることになった。
とにかく広いのがサッカーラのピラミッド群の特徴である。ここを徒歩で走破するのは無謀というほかはない。自動車を利用して、バラエティに富んだピラミッドの数々を鑑賞すべきであろう。
なんといっても面白いのが階段ピラミッド。ジォセル王のもので、付属の庭もみられる。
ガイド氏は、
「何段階かにわけて建てたんだ。すごいだろう」、
「最初はマスタバ(注:長方形の大墓のこと)だったのを、計画変更してこうなったんだ。ここから、ピラミッドの建築技術が飛躍的に発展したんだぜ」、
などと、水を得た魚のごとく力説していたが、「マスタバ」を「スタバ」と聞き間違え、スターバックスのバッタ物と勘違いするなど、この辺りから疲れが目立ってきた。生来のダジャレ好きとはいえ、あんまりである。
それでも、ガイド氏(背中を見せている人)と階段ピラミッドのツーショットを撮ったりしているので、この辺りではまだ元気だったのであろう(遠い目)。

そばにある庭。何気なく通り過ぎようとすると、すかさずガイド氏から「この彫像はすごいんだ」という説明が入る。

テティ王のピラミッド。内部には、ピラミッドテキストの文書が彫られている。

「中の通路はせまいから、1人で行って来た方がいい」とのガイド氏の言に従い、単身、入ってみた。なるほど多数のピラミッドテキストはなかなかみられるものではない。ただし、案の定、内部にうさんくさいエジプト人が1人いる。
素晴らしい遺跡とうさんくさいエジプト人がセットになっているのは、エジプトのお約束である。
「写真を撮ってやるよ」と言われるが、危なくてカメラを渡せるものではない。
「写真を撮ると魂を抜かれるからな」などと、200年前の日本人のような主張をして断ったところ、
エジプト人:「じゃあ、なんでカメラを持っているんだ」
筆者:「遺跡の写真をとるために決まっているじゃないか。人間は撮らない主義なんだ」
という、エジプトの砂漠以上に不毛なやりとりの末に、カメラ確保に成功した。
それでも、頼んでもいないのに意味不明な説明をしてきて、チップを要求される。
この辺りになると、エジプトでの残り時間からして、エジプトポンドを使い切れそうもないことが分かってきたので、10エジプト・ポンド(約160円)を渡すと、5エジプト・ポンド(約80円)紙幣の釣りを渡してきた。それも、「頼むから、お前のガイドには黙っておいてくれよな」と言いながら。
この際、弱みに付け込んでチップを全額取り返してやろうかとも思ったのだが、疲れもあってあきらめた。それでも、はなから釣りを渡そうともしないカイロのタクシー運転手に比べればまだ良心的な奴である。
続いて、メレルカのマスタバ。メレルカは宰相を務めた人物で、内部には多数の壁画が物語風に存在する。こちらは、内部に十分なスペースがあり、ガイド氏が丁寧に説明してくれた。

ここでも、彼の背中を撮影することにした。別に背中に関心があるわけではないが。

このほか、面白かったのがイムホテプ博物館。ガイド氏によると、イムホテプはジォセル王の宰相を務めた人物で、建築家としても高名らしい。博物館は狭いながらも、解説が充実しており、観客を飽きさせない工夫が楽しい。展示物もイムホテプ関係だけではなく、カイロの国立博物館とはまた違った魅力があった。観客は、筆者とガイド氏だけだった。
「博物館は穴場なんだけどなあ。だいたい、ギザばかりにみんな集まりすぎだよ。サッカーラの魅力もアピールしておいてくれ」とこれまたガイド氏が力説していたので、ブログに書いておく次第である。
道行く車〜エジプトの唄その17
ギザからメンフィスへ、ナイル川沿いに走ったわけだが、なんとも驚いたのがオンボロ車が堂々と走っていることである。
日本の車検はまず通りそうにないという車が、次々と視界に入る。
これが現実の世界なのか、我が目を疑う光景であった。
エジプトの奥深さをつくづくと知った次第である。
日本の車検はまず通りそうにないという車が、次々と視界に入る。
これが現実の世界なのか、我が目を疑う光景であった。
エジプトの奥深さをつくづくと知った次第である。
メンフィスの巨像〜エジプトの唄その16
南下して、メンフィスへ。かってのエジプト古王国の首都だが、いまはなんといっても、ラムセス2世の巨像で有名である。体長は、なんと15メートル。ジャイアント馬場7人分である。

握っているのは聖典のはずである。ガイド氏に説明されたが、内容をすっかり忘れてしまった。

というのも、ガイド氏が「ラムセス2世には、何人の子どもがいたか知っているか?答えは、180人」と何度も力説し、そちらに気をとられていたからである。
111人の息子と69人の娘なんだそうで、日本のテレビに出てくる大家族でもかなわない。少子化なぞ、ラムセス2世が何人かいればもう解決。これで年金も一安心である。
兄弟姉妹でもお互いがわからないのでは、という疑問もあるが、この際、そういうヤボは言いっこなしであろう。とにかく規格外れのファラオ(王様)である。
ただし、脚の一部は残念ながら欠けている。

メンフィス博物館のウリはこの巨像だけではない。庭に出てみると、遺跡の数々が並んでいる。

またあったスフィンクス。スフィンクスはなにもギザだけにあるわけではない。一般的な建立物なので、日本人でそっくりな人がいてもおかしくはない。

こちらもまた出た、ラムセス2世の巨像。こちらは立像である。
アブ・シンベル神殿のラムセス2世像も有名であり、子だくさんぶりや建築マニアぶりといい、やはり規格外れの王様である。

握っているのは聖典のはずである。ガイド氏に説明されたが、内容をすっかり忘れてしまった。

というのも、ガイド氏が「ラムセス2世には、何人の子どもがいたか知っているか?答えは、180人」と何度も力説し、そちらに気をとられていたからである。
111人の息子と69人の娘なんだそうで、日本のテレビに出てくる大家族でもかなわない。少子化なぞ、ラムセス2世が何人かいればもう解決。これで年金も一安心である。
兄弟姉妹でもお互いがわからないのでは、という疑問もあるが、この際、そういうヤボは言いっこなしであろう。とにかく規格外れのファラオ(王様)である。
ただし、脚の一部は残念ながら欠けている。

メンフィス博物館のウリはこの巨像だけではない。庭に出てみると、遺跡の数々が並んでいる。

またあったスフィンクス。スフィンクスはなにもギザだけにあるわけではない。一般的な建立物なので、日本人でそっくりな人がいてもおかしくはない。

こちらもまた出た、ラムセス2世の巨像。こちらは立像である。
アブ・シンベル神殿のラムセス2世像も有名であり、子だくさんぶりや建築マニアぶりといい、やはり規格外れの王様である。
ギザのピラミッド〜エジプトの唄その15
はやいもので、エジプトも最終日。飛行機は夕方出発のため、あまり時間はないが、ギザやサッカーラのピラミッド、メンフィスのラムセス2世像、そしてカイロ市街を駆け足で周ることにした。
こうなると車が必要だが、大渋滞、そして乱暴な運転が目立つエジプトの道路を運転する自信はない。下手なタクシーをつかまえると大変なことになる。
というわけで、ホテルで車を手配してもらおうとしたところ、「ガイド付きでお得なセットがある」と言われる。
交渉に交渉を重ねた結果、1200エジプト・ポンド(約1万9千円。ピラミッド、メンフィス博物館、シタデルなどあらゆる入場料を含むので、こんなところであろう)で上記を周遊の上、カイロ空港まで送ってもらえることになった。この頃になると、値段の交渉が苦痛どころか快く思えてきた。そろそろ日本に帰らないと、紳士淑女ぞろいの日本では本当の嫌われ者になりそうである。
さらに現われたガイドが日本滞在経験のある男で、大変面白かった。ちょっとおしゃべりが過ぎる点は、無口な筆者にとって辛かったが、これもインシャラーである。
というわけで、まずはギザへ。4500年前に建てられたピラミッドが並ぶ。
まずは、最大の、クフ王のピラミッド。こんなどでかいものをよく建てたものである。


上の写真右側の小さなピラミッドがカフラー王のピラミッド。
最上部の化粧岩がきれいに残っている。内部の回廊も比較的広く、ピラミッド内部に入るのであれば、ここである。観光客は、クフ王のピラミッドに集中するが、こちらの方が入場料が安くおススメというのが我がガイド氏の説明だった。ピラミッド内部への入場料は、クフ王が100エジプト・ポンド(約1600円)、カフラー王が30エジプト・ポンド(約500円)。そもそもギザのピラミッド地帯に立ち入るために60エジプト・ポンド(約1000円)が必要なことを考えると、安くはない。
「入場料がガイド代から引かれるため、安い方を案内したな」と思うのは疑い過ぎであろう。「人と人が支え合うのが、はいこれ、人という漢字です」と、かの金八先生だって言っている。ここはエジプトであり漢字が使われることは決してないが、それでもガイド氏を信じて、カフラー王のピラミッド内部に入ってみた。
内部は天井が低いため、中腰で歩き続けなければならず、なかなか体力を要するが、その割りに、どうということはない、普通の空間である。入場料は高いが、「ああそうですか」というのが実感だった。金八先生のような理想論だけでは、現実の教育はできないのかもしれない。
そして、ようやく昼間にみることができたスフィンクス。
星と光のショーではわからなかったその髪型も、日光のもとではっきりとわかる。なるほど、スフィンクスというあだ名の人と同じ髪型だった。

この日のギザはあいにく風が強く、砂まみれ、そして砂かぶりとなってしまった。風呂に入る機会がなく、そのまま空港に向かったので、汚い話ながら砂をおびたまま日本に帰国することになる。
というのはまだ気が早い。ここでエジプトの唄シリーズが終わってしまってはどうにもならない。ギザのあとに訪れたのはメンフィスである。
こうなると車が必要だが、大渋滞、そして乱暴な運転が目立つエジプトの道路を運転する自信はない。下手なタクシーをつかまえると大変なことになる。
というわけで、ホテルで車を手配してもらおうとしたところ、「ガイド付きでお得なセットがある」と言われる。
交渉に交渉を重ねた結果、1200エジプト・ポンド(約1万9千円。ピラミッド、メンフィス博物館、シタデルなどあらゆる入場料を含むので、こんなところであろう)で上記を周遊の上、カイロ空港まで送ってもらえることになった。この頃になると、値段の交渉が苦痛どころか快く思えてきた。そろそろ日本に帰らないと、紳士淑女ぞろいの日本では本当の嫌われ者になりそうである。
さらに現われたガイドが日本滞在経験のある男で、大変面白かった。ちょっとおしゃべりが過ぎる点は、無口な筆者にとって辛かったが、これもインシャラーである。
というわけで、まずはギザへ。4500年前に建てられたピラミッドが並ぶ。
まずは、最大の、クフ王のピラミッド。こんなどでかいものをよく建てたものである。


上の写真右側の小さなピラミッドがカフラー王のピラミッド。
最上部の化粧岩がきれいに残っている。内部の回廊も比較的広く、ピラミッド内部に入るのであれば、ここである。観光客は、クフ王のピラミッドに集中するが、こちらの方が入場料が安くおススメというのが我がガイド氏の説明だった。ピラミッド内部への入場料は、クフ王が100エジプト・ポンド(約1600円)、カフラー王が30エジプト・ポンド(約500円)。そもそもギザのピラミッド地帯に立ち入るために60エジプト・ポンド(約1000円)が必要なことを考えると、安くはない。
「入場料がガイド代から引かれるため、安い方を案内したな」と思うのは疑い過ぎであろう。「人と人が支え合うのが、はいこれ、人という漢字です」と、かの金八先生だって言っている。ここはエジプトであり漢字が使われることは決してないが、それでもガイド氏を信じて、カフラー王のピラミッド内部に入ってみた。
内部は天井が低いため、中腰で歩き続けなければならず、なかなか体力を要するが、その割りに、どうということはない、普通の空間である。入場料は高いが、「ああそうですか」というのが実感だった。金八先生のような理想論だけでは、現実の教育はできないのかもしれない。
そして、ようやく昼間にみることができたスフィンクス。
星と光のショーではわからなかったその髪型も、日光のもとではっきりとわかる。なるほど、スフィンクスというあだ名の人と同じ髪型だった。

この日のギザはあいにく風が強く、砂まみれ、そして砂かぶりとなってしまった。風呂に入る機会がなく、そのまま空港に向かったので、汚い話ながら砂をおびたまま日本に帰国することになる。
というのはまだ気が早い。ここでエジプトの唄シリーズが終わってしまってはどうにもならない。ギザのあとに訪れたのはメンフィスである。
ドバイ空港〜エジプトの唄その14
岡本海渡くんのご冥福をお祈りします

両親からの虐待を受けて、亡くなってしまった海渡くん。
まだ7歳というのに、なんでこんなことが起こるのか。痛ましいというほかはない。
せめて生まれ変われるものだとしたら、今度こそは、幸せな人生になるはずである。
謹んでご冥福をお祈りします。
テーマ : 思ったこと・感じたこと
ジャンル : 日記
イスラム地区〜エジプトの唄その12
夜のイスラム地区へ。おそらくガーマ・ホセインだと思うが、自信はない。現地の人に案内されるがまま受身になると、この辺りがいい加減になりがちである。

おそらくガーマ・ホセイン内。人生初のモスク入りである。もちろん、土足厳禁であり、靴は脱いでいる。

そして、ハーン・ハリーリへ。カイロの最大おみやげセンターにして、観光客定番の場所である。もっとも、案の定、「ワンダラー!」という呼び込みの声が相次ぐ。どうやら、米ドルが最も好まれているようだ。結局、何も買わずに通過したのだが、それは、呼び込みとケンカしたからではなく、ずらりと続くイスラム風の建物に感嘆していたからである。


お待ちかねの夕食は、フセイン広場の食堂にて。仕事も終わっており、実にリラックスできる食事である。

調子に乗って出されるがままに食べてしまった。この後やや原監督の調子が悪かったのは自業自得である。

おそらくガーマ・ホセイン内。人生初のモスク入りである。もちろん、土足厳禁であり、靴は脱いでいる。

そして、ハーン・ハリーリへ。カイロの最大おみやげセンターにして、観光客定番の場所である。もっとも、案の定、「ワンダラー!」という呼び込みの声が相次ぐ。どうやら、米ドルが最も好まれているようだ。結局、何も買わずに通過したのだが、それは、呼び込みとケンカしたからではなく、ずらりと続くイスラム風の建物に感嘆していたからである。


お待ちかねの夕食は、フセイン広場の食堂にて。仕事も終わっており、実にリラックスできる食事である。

調子に乗って出されるがままに食べてしまった。この後やや原監督の調子が悪かったのは自業自得である。
考古学博物館〜エジプトの唄その11
3日目も、夕方から自由時間。まずは、定番の考古学博物館に行ってみた。

なんといっても、ツタンカーメンの黄金マスクが有名だが、王の像や玉座、ミイラなどが多く展示されている。
チケットにもツタンカーメンの黄金マスクがプリントされている。入場料は、60エジプト・ポンド(約960円)。ミイラ室は別料金で、さらに100エジプト・ポンド(約1,600円)が必要になる。いずれにしても、エジプト一般の物価水準からするとかなり高い。

もっとも、中は、その広さや薄暗さから、巨大な倉庫のようである。多数の展示物がこれでもかと置かれており、その気になればまる1日ここで過ごせそうである。写真撮影が禁止されているため(カメラは入口で預けなければならない)、写真をお見せできないのが残念である。
なお、博物館前には交差点がない。博物館にたどり着くのが容易でないことは既述のとおりである。
いったんホテルにタクシーで戻ったが、なんと運転手がホテルの場所を知らなかった。さらに不運なことに、運転手に英語が通じない。
どうなることやらと思いきや、タクシー運転手向けに道を教えてくれる案内場があり、そこで英語で道を教えてもらった。みていると、タクシーがどんどん集まってきて、道を聞いている。便利なサービスだが、よく考えてみると、こんなサービスがはやること自体、いかに道を知らないタクシーが多いかの証明でもある。
別れ際に、案内場の人から、「Don't worry」と言われたが、「ドント・ウォーリー」と言われるとかえって不安になるものである。一方、道も英語も分からない運転手は全然心配しておらず、鼻唄を歌っていた。10エジプトポンド(約160円)の料金に対し、20エジプトポンド紙幣(約320円)を渡したが、案の定、お釣りはもらえなかった。つくづく、人生は不公平だと思う。
夜は、現地の人に案内してもらい、カイロのイスラム地区へ。

いかにもイスラム風というモスクやミナレットが道々に立ち並び、目を奪われることになる。

なんといっても、ツタンカーメンの黄金マスクが有名だが、王の像や玉座、ミイラなどが多く展示されている。
チケットにもツタンカーメンの黄金マスクがプリントされている。入場料は、60エジプト・ポンド(約960円)。ミイラ室は別料金で、さらに100エジプト・ポンド(約1,600円)が必要になる。いずれにしても、エジプト一般の物価水準からするとかなり高い。

もっとも、中は、その広さや薄暗さから、巨大な倉庫のようである。多数の展示物がこれでもかと置かれており、その気になればまる1日ここで過ごせそうである。写真撮影が禁止されているため(カメラは入口で預けなければならない)、写真をお見せできないのが残念である。
なお、博物館前には交差点がない。博物館にたどり着くのが容易でないことは既述のとおりである。
いったんホテルにタクシーで戻ったが、なんと運転手がホテルの場所を知らなかった。さらに不運なことに、運転手に英語が通じない。
どうなることやらと思いきや、タクシー運転手向けに道を教えてくれる案内場があり、そこで英語で道を教えてもらった。みていると、タクシーがどんどん集まってきて、道を聞いている。便利なサービスだが、よく考えてみると、こんなサービスがはやること自体、いかに道を知らないタクシーが多いかの証明でもある。
別れ際に、案内場の人から、「Don't worry」と言われたが、「ドント・ウォーリー」と言われるとかえって不安になるものである。一方、道も英語も分からない運転手は全然心配しておらず、鼻唄を歌っていた。10エジプトポンド(約160円)の料金に対し、20エジプトポンド紙幣(約320円)を渡したが、案の定、お釣りはもらえなかった。つくづく、人生は不公平だと思う。
夜は、現地の人に案内してもらい、カイロのイスラム地区へ。

いかにもイスラム風というモスクやミナレットが道々に立ち並び、目を奪われることになる。
役立たずのお土産シリーズ、エジプト編〜エジプトの唄その10
海外恒例の、役に立たないおみやげシリーズ、エジプト編。今日の沼袋日録氏との会食に、持って行くのを忘れてしまったので、いったんここで紹介。

ドバイ空港でみつけたのだが、笑いをこらえるのに苦労した。イスラム教徒のはずなのに禁を破って飲食し、酔って顔を赤らめているアラブの人を描いたものである。右側の人は、なぜかワシ付き。なぜこんなことになっているのかも、さっぱりわからない。
いずれにしても、何の役にも立たない点において、当シリーズにふさわしい。近年まれな自信作である。

ドバイ空港でみつけたのだが、笑いをこらえるのに苦労した。イスラム教徒のはずなのに禁を破って飲食し、酔って顔を赤らめているアラブの人を描いたものである。右側の人は、なぜかワシ付き。なぜこんなことになっているのかも、さっぱりわからない。
いずれにしても、何の役にも立たない点において、当シリーズにふさわしい。近年まれな自信作である。








